私がまだ幼かったころ、函館では烏賊(イカ)売りがやってきました。
早朝、おばちゃんが、天秤を肩に担いで「いがーい、いがーい」と声を発しながら通りを売り歩くのです。
天秤の両側に吊るされた丸い桶のようなものには、前夜から朝にかけての漁で獲れた烏賊が入っていました。
家の近くをその「声」が通ると、母は「ざる」を持って飛び出して、何杯かを買い求め、それがそのまま、その日の朝食のおかずに供されていました。
今思えば最高の贅沢ですが、当時、烏賊(以下、イカと書きますね)は安く、その日獲れたものを食べるのは普通のことでした。
買ったばかりのイカはもちろん生きていて、身体の色を目まぐるしく変えていました。
擬態、あるいは保護色というのでしょうか、イカは自らの体の色を周囲の色に似せて、身を隠す性質があるのです。
まな板の上で様々な色を感じてそれらに合わせようとしていたのかも知れません。
あたまと内臓を抜いて、濡れた布きんで烏賊の皮をむく。あとは細い短冊に切るだけ。
それを生姜じょうゆに一寸つけて熱々のご販と一緒に食べる。
当時、刺身が苦手だった私が唯一食べることができたのが、このようにして食べるイカの刺身でした。
残った足の方は、後で醤油で煮て小鉢に盛られました。
イカを輪切りにして、足と一緒に煮つけることもありますが、断然刺身が良いですね(好き好きではありますが・・・)。
あと、口の部分は「トンビのくちばし」と呼んで、こちらは炙ってカリカリにして食べていました。
イカ刺しと言えば、東京で就職した年に、職場の歓迎会で刺身の盛り合わせが出たのを見て驚いたことを思い出します。
イカの刺身が白いのです !
イカ刺しは透明に近いもの、と思っていた私は、鮮度が落ちると白くなることを初めて知りました。
もちろん東京にも、ちゃんと鮮度の高いものを出す店がたくさんあることは後になって知りましたが、東京ではまともなイカ刺しは食べられないのだと、しばらくの間思い込んでいました。
冒頭に述べた烏賊売りのおばちゃんは、私が中学生くらいの頃まで来ていたでしょうか。
最後の烏賊売りとして、名物おばちゃんでしたが、いつの間にかその声を聴くことがなくなりました。 体力的に限界だったようです。
今ではイカも高くなって、朝から食べるものではなくなってしまいましたね。
イカ刺し以外の刺身は苦手だった私も、おとなになって食の好みか変わり、今ではどちらかと言えば肉より魚、そして刺身が好きになりました。
書いているうちに、獲れたて、作りたてのイカ刺しを食べたくなってしまいました。
函館のことをちょっと知っていただくきっかけにでもれば嬉しいです。
それでは、また・・・