大沼公園でスノーモービル 免許は ? 服装は ? スピードはどれくらい ?

スノーモービル

函館からほど近い大沼公園。
JRの特急だと25分で着いてしまいます。

大沼公園といえば青空を背景に、駒ヶ岳の秀峰を映し出す夏のイメージですよね。
でも、大沼公園は、冬もしっかり楽しめるんですよ。

 

今回は、大沼公園の冬の楽しみ方の中から、氷上スノーモービルを取り上げてみました。

 

氷上スノーモービルは大沼公園の冬の楽しみを代表するアクティビティのひとつとして、いまや地元の人にも、観光で訪れた方にも人気のウィンタースポーツとなっています。

大沼湖の上をスノーモービルで快走 ! 爽快ですよ。

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大沼公園の冬の楽しみ ワカサギ釣りを大沼湖で、じゅんさい沼で !

ワカサギ

大沼公園は函館からJRで25分、どちらかといえば春~夏の行楽地というイメージが強いかも知れませんね。

 

でも、大沼公園には、冬もお楽しみがいっぱいあるんですよ。
そのひとつが、氷上ワカサギ釣りです。

 

今回は、大沼公園の冬の楽しみ方の中から、氷上ワカサギ釣りについてまとめてみました。

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大沼公園の紅葉の見ごろ、遊覧船から そしてライトアップクルーズ !

初秋の大沼公園

函館市から北に約16kmに位置する大沼公園。

函館近郊の観光スポットとしてよく知られていますね。

 

大沼公園は、大沼湖、小沼湖、蓴菜(じゅんさい)沼の3つの湖沼とそこに浮かぶ大小合わせて126の島で構成されています。

 

近くにある駒ヶ岳(標高1,131mの活火山)の秀麗な姿を一望できる、道南きっての景勝地として、四季を通じて様々な楽しみ方ができますよ。

 

ここでは、大沼公園の秋の楽しみ方を、紅葉にスポットを当ててお伝えしたいと思います。

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函館の紅葉なら香雪園が穴場です !

香雪園・日本庭園近くの紅

函館の香雪園(こうせつえん)をご存知ですか ?

「香る雪の園(その)」って風情のある名前ですよね。

 

京都の浄土宗総本山である知恩院の住持様が当地を訪れたときに名付けられたと言われています。意味は「雪の中に梅香る園」だそうです。

詩心のある住持様だったのですね。

 

香雪園は穴場スポット

香雪園の場所は、市電の終点・湯の川から歩くと25分くらいのところにあって、市街地からけっこう離れていますので、普段は訪れる人も少なく、「穴場」と言っていい場所です。

 

紅葉の見ごろは10月中旬から11月上旬

園内は広く(13万㎡余 : 東京ドーム約3個分)、中でもおよそ100mにわたって植えられている楓(カエデ)は、10月中頃から11月上旬にかけて、紅葉の見ごろとなります。

 

赤いもみじを踏みしめて、見上げても「赤」のもみじ !

もみじの道

見上げても、もみじ

 

近年(平成21年から) 紅葉の時期に合わせて、『はこだてMOMI-Gフェスタ』が開催されるようになって、その間、夜はライトアップされた楓並木を楽しむことができるようになりました。

 

フェスタでは、ミニライブなんかもあって、普段は完全な「穴場」なのに、この時期だけは訪れる人が多くなります。

 

香雪園は、『はこだてMOMI-Gフェスタ』のおかげで、しだいに秋に注目されるようになってきましたが、じつは秋だけでなく、春・夏にもお楽しみがあるのです。

 

香雪園・春のお楽しみ

園内には、約100本のサクラの木が点在していて、5月初旬、ちょうどゴールデンウィークの頃に桜が満開となって目を楽しませてくれます。

 

函館の桜と言えば「五稜郭公園」や「函館公園」が人気ですが、香雪園も隠れた人気スポットなのです。

あまり知られていないので、のんびりと楽しめますよ。

ソメイヨシノ

 

香雪園・夏のお楽しみ

園内の日本庭園に造られた「ホタルの池」では、毎年7月下旬から8月にかけて、ホタルを見ることができます。

ヘイケボタルがおよそ1,000匹も自生しているそうですよ。

幻想的な光に恋人と二人で酔ってみませんか ?

あっ、もちもんご家族全員でもお楽しみいただけますよ。

 

ホタル乱舞

 

ちなみに北海道でホタルを見られる場所はあまり多くなく、小樽市の「ほたるん公園」、札幌市の「西岡公園」、雨竜郡沼田町の「ほたるの里」など、6箇所ほどありますが、香雪園もその一つで、函館では唯一の場所なんです。

 

香雪園の由来

せっかくですから、香雪園の由来も見ておきましょう。

香雪園は、呉服商として成功した岩船峯次郎氏が、明治31年頃別荘として造成したと言われています。

 

岩船家が商売繁盛の恩返しとして昭和2年から市民に無料開放し、のちに函館市が岩船家から土地を購入して、「見晴らし公園」として現在に至っています。

 

庭園の中に自然風景の美しさを取り入れた「風景式庭園」の流れを汲んで造られていて、北海道ではただひとつの国指定文化財庭園です。

 

園内には、様々な草花が茂っていて、散策を楽しめるのはもちろんですが、先に述べた日本庭園やホタル池のほか、茶室様式を取り入れた雅(みやび)な園亭や、レンガ造りの旧式温室などがあり、見どころが点在しています。

 

ちなみに、絵画に詳しい方ならご存じかも知れませんが、「子供のためのユーカラ画集」などで知られる油絵画家の岩舟修三氏は、この岩船呉服店3代目の4男なのです。

 

アクセス

住所 : 函館市見晴町56

①函館駅から函館バス14系統乗車 約40分で「香雪園」下車、徒歩1分
②函館駅から市電2系統 5系統約40分終点「湯の川」下車 徒歩約25分(約1.6km)

駐車場 : 165台(無料) 北側にあります。ホタル池は駐車場から近いですよ。

函館の市電

 

施設

・一般トイレ
・車椅子トイレ
・売店
・遊具施設
 ブランコ、すべり台、丸太渡り、ネットクライム

 

問い合わせ先

(一財)函館市住宅都市施設公社 花と緑の課

電話: 0138-40-3605

  

おわりに

ここ、完全な私事です。
香雪園は、私にとっては子供のころ早朝から蝉取りをしたり、「ホタル池」の周辺でトンボやカエルを追いかけた思い出の場所でもあります。

 

上でチョットだけ触れた岩舟修三さんは、私が幼いころ絵画教室で絵を教えておられたのを覚えています。

 

香雪園はマイナーな場所かも知れませんが、行った方はきっと満足すると思いますので取り上げてみました。

あなたも一度訪ねてみませんか ?

 

 

函館 石川啄木ゆかりの地

函館には歌人・石川啄木ゆかりの場所がいくつもあります。

ここでは、その中から3箇所ほどをピックアップしてご紹介したいと思います。

大森浜と啄木公園

函館の実家からものの5分も歩けば海でした。
地元で赤石浜と呼ぶ、函館山のふもと近くにある小さな漁港です。

以前のブログで述べた烏賊(イカ)売りも、この赤石浜で水揚げされたイカを売りにきていたのです。

現在は港もコンクリートで整備されましたが、私が子供のころは、まだ自然のままの部分が多く残っていて、潮だまりで小ガニや小魚などを獲って遊んだものです。

 

この浜を海岸沿いにしばらく北に向かって(つまり函館山を背にして)すすめば、啄木の碑がある大森浜があります。

海を見つつ湾曲した対岸の湯川まで見渡せるこの場所の碑は、なかなか絵になる素敵なものです。

反対側をみると、啄木の碑が函館山を背景にした形となり、観光的にはこちらの方が有名ですね。

大森浜の啄木公園

海岸通りを湯川方向に向って車で走ると、右手に啄木の碑が置かれた、啄木小公園があり、ちょっとしたスペースなので、車を止めてしばし景色を眺めてみるのも良いですよ。

夕日が海に沈むころ、夕焼けなら、また格別です。

現在は、近くに土方・啄木浪漫館というのができて、土方歳三と石川啄木にまつわる資料が展示されています。

 

立待岬

函館には啄木にゆかりのある場所が多く、立待岬もそのひとつです。

立待岬は、函館山の東端に位置し、そこに行くまでの道は狭く、また急こう配なので車で行く場合は気を遣います。

立待岬には、その途中に啄木一族の墓があるのです。
大きな墓で、ファンの人が拓本をとる姿を何度か見かけました。

墓石には、啄木の第一歌集『一握の砂』の第一首

「東海の小島の磯の白砂に
 われ泣きぬれて
 蟹とたはむる」

が刻まれています。

立待岬の断崖絶壁

立待岬は文字通りの断崖で、下には岩が多く、落ちたらひとたまりもないような場所ですが、今は駐車場も整備されて柵もできているので、安心して遥かな海の景色を楽しむことができます。

水平線に浮かぶ船が、ゆっくりと進んでゆくさまを、時間を忘れて眺めてみるのもたまには良いものです。

天気が良ければ遠く青森・下北半島まで見渡すことができます。

 

青柳町

もうひとつ、啄木ゆかりの地と言えば、青柳町でしょう。

「函館の青柳町こそかなしけれ
 友の恋歌
 矢ぐるまの花」

と詠まれている青柳町は、函館山のふもと近くの谷地頭から市電で一駅の、少し土地の高い場所になります。

青柳町電停

啄木が妻子を函館に残して小樽、釧路を変遷したとき、友というより、恩人の宮崎郁雨が妻子の面倒を見たのですが、この歌の友とは宮崎郁雨を指すのではないかと言われています。

ちなみに先に記した啄木一族の墓も、この宮崎郁雨が建てたものです。

 

おわりに

石川啄木は、1907年5月5に函館に移り住み、8月25日の函館大火で職場を失って札幌に移る前日の9月13日までの3ヵ月あまりを函館で過ごしました。

その間、多数の歌を残しています。

『一握の砂』に出てくる砂浜は、明らかに上に述べた大森浜のことを指しています。

多くの歌を残したことから、短い期間であっても啄木にとっては、じつに濃い時間だったのではないかと思います。

繊細な啄木には、函館の気候や土地の人々の気質が合っていたように思えてなりません。

この記事を読んでくださっているあなたが、啄木に興味をお持ちなら、上記の啄木ゆかりの場所を散策されてみては如何でしょうか ?

きっと感慨深いものがあるかと思います。

最後までお読みくださってありがとうございます。